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未来のクルマをつくるカーモデラーになるには?
たくさんのものに触れて、自ら切り拓いた道。

CAR DESIGN


山本 剛士
ダイハツ工業株式会社 デザイン部 造形デザイン室
カーデザイン学科/2014年卒業

自動車メーカーが数ある中で、クルマをひときわメーカー“らしく”させるもの。それがデザインだろう。創業110周年を迎えたダイハツ工業株式会社の中核を担う、大阪・池田市にあるダイハツデザインセンターで活躍するのは、2014年にカーデザイン学科を卒業した山本剛士さん。山本さんがカーデザインに目覚めたのは、子どものころに見た映画の数々だった。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ブレードランナー』に出てくるような未来感あふれるクルマを創りたい。しかしそこに辿り着くまでの道のりもまた、宙を走る未来カーのごとく、道なき道を行くものだった。

映画に出てくるクルマは“カーデザイナー”なるクリエイターが手がけていることを知るのだが、どうしたらなれるかわからない。そんな中学生時代の山本さんは、まず自動車整備を学ぶ工業高校に進学する。しかし、そこで本当にやりたいことは中身の整備やメンテナンス以上に自動車そのものを創ることだとわかった。卒業後の進路は美大を考えていたが、色々な学校の入学案内を見ている中で偶然HALの入学案内書に「カーデザイン」の文字を見つける。

「体験入学に参加したとき、担当の先生がスケッチの描き方や上手くなる方法を丁寧に教えてくれたんです。クレイ(専用の粘土)に触わったりもできて、ここなら基礎からひとつ1つ学べると思い、次の日には願書を出していました(笑)」。HALに入学してからは毎日が充実した日々だったという。教官はみんな自動車メーカーなどを経験しているため、現場経験からくる知識や実体験、苦労話などすべて吸収した。毎日知識が溜まっていく喜び。「同級生には同い年の人もいれば、社会人経験のある人もいるけれど、共通していることはクルマに対する強く、熱い想い。毎日のように、遅くまでスケッチを描いたり、話し込んだり。各地のモーターショーなどをきっかけに、東京と大阪と名古屋3校の学生が集まって意見交換をしたこともありましたね。それも HALのいいところ」。いよいよ山本さんの進むべき道が見えてきた。

クルマは、メッセージでできている。

山本 剛士

転機となったのはHALで行なったダイハツとの『産学直結ケーススタディ』。そこで初めて“カーモデラー”という職種があることを知る。「ダイハツの方が隔週で教えにきてくれて、クレイでクルマをつくって見せてくれるのですが、人間の仕業なのかというくらい美しくて、完全に虜になりました」。高校時代は直にクルマに触れてきた山本さんだからこそ、“描くよりも触れる”カーモデラーの方が自分に合っていると改めて感じたそうだ。「クルマって、こんな風に乗ってほしいとか、創り手の想いが詰まったメッセージなんです。だから、“触れる”モデラーになることは運命だったのかもしれません」。

想いの集合体が“クルマ”という実体になる。メーカーによってメッセージが違ってくるのは必然だ。どのメーカーが自分に合っているかは、HALでの仲間との関わり合いの中で見えてきたと山本さんは言う。「“俺ならこんなんつくらんわ!”とか、お互いのデザインやモデルを見ていつも言い合っていました(笑)。同じ基礎を学んだはずなのに、アウトプットがまるで違う。でも、それこそが個性、自分の進むべき道なんです。おのずとどのメーカーのメッセージに自分が合っているかがわかります」。

山本さんが辿り着いたのは、“家族が楽しみながら乗れるクルマ”だった。そしてダイハツへ就職。在学中からダイハツの方が悩み相談にのってくれたりと、親交があったのも決め手となったようだ。「どんな人にも身近で、生活になじみやすい。ふと気づくといつも隣にいるようなクルマ。ダイハツらしさを表現しつつ、未来の暮らしをガラリと変えてしまうような、そんなクルマを創れたら最高です」と今日もクルマにメッセージを込める。

山本 剛士
山本 剛士
カーデザイン学科/2014年卒業
カーモデラーとして、インテリア、エクステリアの企画検討から、カーデザイナーのスケッチやアイディアを基にクレイで立体に仕上げている。
ダイハツ工業株式会社
「世界中の人々に愛されるスモールカーづくり」を使命に、2017年、創業110周年を迎える。「軽で事業が成立するビジネスモデルの確立」を目指し様々な事業を展開し、2006-2015には10年連続で軽自動車シェアNo.1を獲得。